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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)31号 判決

原告 杉山千鶴子

被告 兵庫県収用委員会

右代表者会長 足立忠夫

被告指定代理人 一志泰滋

〈ほか五名〉

主文

本件訴えのうち、明渡裁決の取消しを求める部分を却下し権利取得裁決の取消しを求める部分の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が伊丹市のした権利取得の裁決申請及び明渡裁決の申立てに対し、昭和五七年九月一六日付けでした権利取得及び明渡しの各裁決をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えのうち、明渡裁決の取消しを求める部分を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、兵庫県伊丹市昆陽池一丁目一〇一番宅地三六八・四四平方メートル(実測三七四・六二平方メートル、以下、「本件土地」という。)を所有していた。

2  本件裁決の存在について

伊丹市(以下、「市」という。)は、伊丹市立伊丹病院建設工事及びこれに伴う看護婦宿舎建設工事事業(以下、「本件事業」という。そして、本件事業にかかる事業計画を「本件事業計画」という。)の起業者として、右事業につき昭和五六年三月一〇日付けで兵庫県知事から事業の認定(以下、「本件事業認定」という。なお、同日付けで同認定は告示された。」を受けたものであるが、昭和五七年二月二五日付けで被告に対し、本件土地について土地収用法(以下、「法」という。)三九条による収用の裁決申請及び法四七条の三による明渡裁決の申立て(以下、両者を合わせて「本件申請」という。)を行った。

被告は、これに対し、同年九月一六日付けで別表記載のとおりの裁決(このうち、権利取得裁決を「本件収用裁決」、明渡裁決を「本件明渡裁決」という。そして、これらの裁決を合わせて「本件裁決」という。)をした。

3  本件裁決の違憲又は違法について

しかしながら、本件裁決は、次の理由により、違憲又は違法である。

(一) 本件事業認定の違法に基づく本件裁決の違法について

(1) 本件事業認定の違法

本件事業認定は、次の理由により違法である。

(イ)① 本件事業による本件病院の予定地(以下、「本件起業地」という。)の東側には、同病院と同規模の病院を優に収められるだけの広大な農地(以下、「東側土地」という。)があり、しかも、同土地は国道一七一号線等の幅員の広い公道にも接している。

ところが、本件事業認定は、こうした病院建設に最適な東側土地を選ばすに本件起業地上に本件病院を設置することとしたのであるから、これを本件土地についてみれば、その土地を本件事業の用に供することが土地の利用上適正かつ合理的であるとはいえない。

② また、本件事業計画では、本件土地は、本件病院の本館の用地ではなく、本館とは進入路によって区画されたその北側の区画(以下、「北側区画」という。)の一部を構成することになっているが、この北側区画は、受水槽ポンプ室、医療ガス機械室及び雨水ピット用地として使用されるにすぎず、しかも、これに使用されるのは北側区画の約半分であり、その余は更地として残され、現時点では不要不急の土地である。すなわち、本件土地は本件病院建設に不可欠の土地ではない。

よって、仮に右①の主張が認められないとしても、なお、本件土地を本件事業の用に供することは、土地の利用上適正かつ合理的であるとはいえない。

③ 以上のとおり、本件土地を本件起業地に組み入れた本件事業は、公共の利益となるものではないから、同事業を認めた本件事業認定は、法の定める公共の利益についての判断を誤った違法なものである。

(ロ) 本件土地は、原告の父である訴外橋本繁造がもと所有し、現在市が行った都市計画事業により神戸地方裁判所伊丹支部の敷地の一部になっている伊丹市昆陽鈴ヶ森一四番田二四七平方メートル及び同所一五番の一田二六一平方メートルの代替地として市から提供された土地であるから、この土地もまた、事業の用に供されている土地として、法四条の適用を受けるものである。そして、原告は、本件土地を所有してこれを管理しているから、法四条に規定する土地の管理者に該当するものというべきである。

ところが、市は、本件事業認定の申請の際に法一八条二項四号に基づく原告の意見書を添付せず、また、兵庫県知事も、本件事業認定を行うにつき、法二一条一項に基づいて原告の意見を求めることをしなかった。

(ハ) 伊丹市長は、兵庫県知事から法二四条一項に基づいて本件事業認定の申請書及びその添付書類の写しの送付を受けながら、同条二項所定の起業者の名称、事業の種類及び起業地の公告並びに前記書類の縦覧の各手続を行わなかった。

(ニ) 市は、前述のとおり、昭和五六年三月一〇日付けで本件事業認定の告示があったにもかかわらず、その後、原告に対して法二八条の二所定の事項を通知していないから、同条が定める補償等の周知措置を講じたとはいえない。

(ホ) 本件事業におけるあっ旋委員は、その売却についていまだ承諾の得られていない第三者所有の土地を原告に対してあっ旋したほか、本件事業認定の告示後であるにもかかわらず、法一五条の四所定のあっ旋手続の打切りを行わなかった。

(2) こうした本件事業認定の違法は、本件裁決に承継されるものと解すべきであるから、本件裁決は違法である。

(二) 本件裁決の違法について

本件裁決には、次の違法が存する。

(1) 被告は、本件裁決をするにつき、法六五条一項所定の各処分を行わなかった。

(2) 本件裁決は、本件土地の地目を宅地として評価しておらず、また、過大な盲地補正をしている等、本件土地に対して低額な補償しか行わなかった。

(3) 原告は、将来本件土地上に子供のための住居を建てる予定であったため、本件申請に伴う被告の審理の場においても、法八二条に基づき、替地による補償を要求した。

ところが、被告は、本件裁決において、替地による補償を行わなかった。

(4) 原告は、本件土地の収用については、任意買収交渉の段階から市当局との間で多数回にわたって交渉を行ったが、これらの交渉を通じ、原告及びその家族は、市当局担当者の暴言、威迫等により多大の精神的損害を蒙った。よって、こうした損害は、法八八条所定の土地所有者等が通常受ける損失にあたる。

ところが、被告は、本件裁決において、右の損失補償を行わなかった。

(三) 本件裁決の違憲について

(1) 本件裁決には、前記(一)及び(二)で述べた各違法が存するところ、このように違法な手続によって、しかも、正当な補償もなく原告所有の財産である本件土地を奪う本件裁決は、憲法三一条、二九条三項に違反する。

(2) また、本件裁決は、伊丹市の行う他の公共事業における任意買収事例に比べても、特に原告を不利益に扱ったものであるから、憲法一四条一項に違反する。

4  よって、原告は、本件裁決の取消しを求めるものである。

二  本案前の答弁の理由

1  明渡裁決の効果は、明渡しが履行されることによって消滅するものと解すべきである。

2  ところで、本件明渡裁決については、昭和五七年一二月三日に代執行が完了しているから、同裁決の効果は、代替的な履行が行われたことによって消滅したものというべきである。

3  よって、本件訴え中、本件明渡裁決の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠くものとして、却下されるべきである。

三  本案前の答弁の理由に対する認否

争う。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項及び第2項の各事実は認める。

2  請求原因第3項について

(一) 同項冒頭部分の主張は争う。

(二) 同項(一)について

(1) 同(1)について

(イ) 同冒頭部分の主張は争う。

(ロ) 同(イ)について

① 同①のうち、東側土地が国道一七一号線に接していること及び本件事業が本件起業地上に本件病院を設置しようとするものであることは認め、その余は争う。

② 同②のうち、市が北側区画に受水槽ポンプ室、医療ガス機械室及び雨水ピットの施設の建設を計画していることは認め、その余は争う。

③ 同③の主張は争う。

(ハ) 同(1)の(ロ)前段の主張は争う。同後段の事実は認める。

(ニ) 同(ハ)のうち、伊丹市長が原告主張の書類の送付を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

(ホ) 同(ニ)のうち、周知措置を講じていないとの主張は争い、その余の事実は認める。

(ヘ) 同(ホ)のうち、あっ旋手続の打切りが行われていないことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)の主張は争う。

(三) 同項(二)について

(1) 同冒頭部分の主張は争う。

(2) 同(1)の事実は否認する。

(3) 同(2)の主張は争う。

(4) 同(3)及び(4)の各前段は争う。同各後段の事実は認める。

(四) 同項(三)は争う。

五  被告の主張

1  本件裁決に至る経緯について

(一) 伊丹市立伊丹病院の拡充整備の必要性

右病院(以下、「本件病院」という。)は、昭和三二年に病床数一〇〇、診療科六科で開設され、その後市の人口の増加に伴い、数次にわたって増改築された。そして、現在の施設は昭和四一年に改築されたもので、病床数三一三、診療科一〇科を数え、総合病院として地域医療の中核病院としての機能を担っている。

ところが、阪神都市圏にある都市として市の人口は、近年急増し、昭和四一年当時一二万六八二〇人であったのが、昭和五五年には一七万七九四四人となり、更に、昭和六五年には一九万人に達するものと予想されている。これに加えて医療保険制度の改善、福祉医療制度の充実及び人口の老齢化に伴う有病率の増加により、医療需要はますます増加している。こうした状況のもとに本件病院は、一部施設の老朽化とともに全体的に施設が狭隘化し、病床の不足、外来待合の混雑を来たし、また、最近の医学の進歩、医療機器の開発による高度医療や診療機能の向上に対応することが極めて困難となっている。

このため、市としては、医療水準及び医療供給の両面から市民の医療需要に適切に対応する必要があり、一方、市域には他に県立病院等の公的医療機関がなく、本件病院が市内の基幹病院として位置付けられていることなどから、同病院を早急に拡充整備する必要に迫られるに至った。

(二) 本件事業計画の概要

本件事業計画は、伊丹市昆陽字宮ノ後及び字林ノ口地内に二万六六七九・七九平方メートルの用地を確保して、市民の高度な医療需要に応えるため、本件病院及び看護婦宿舎を建設して医療体制の整備充実を図ろうとするものである。そして、その施設の概要は、中央診療部門、管理部門及び病室を始めとする病棟、診療棟、集団検診場、栄養指導室等からなる予防・検診棟並びに看護婦宿舎であり、病床数四〇五、診療科は内科、消化器科を始めとする一五科である。更に、本件事業に要する経費は、病院建設費四四億四七七〇万五〇〇〇円を始めとする総額七六億五四七〇万五〇〇〇円で、その財源は国庫負担金、市債及び一般財源である。

なお、事業用地の選定については、(1)位置的に市の中心部であること、(2)病院利用者のため市内各方面からの交通の便が確保できること、(3)他の医療機関との関係が十分配慮された位置であること、(4)必要な面積が確保できることなどの条件を考慮して決定されたものであり、建物の敷地も市周辺を診療圏とする地域医療を確保するための病院及び付属施設の建設用地としては必要最少限度のものである。また、本件事業については、現病院の増、改築又は敷地の拡張も検討されたが、現在の敷地が施設に比べて狭隘であること、周辺は整備された住宅地であること及び診療活動を中止することができないことなどの病院機能の特殊性などから右方法は困難であった。

(三) 本件裁決に至る経緯

本件事業用地の買収は、昭和五四年度から開始されたが、最終的に原告を含む二人の土地所有者からの任意買収が困難となったので、起業者である市は、法に基づく裁決によって土地を取得するため、昭和五六年三月一〇日付けで本件事業認定の告示を受け、本件土地については、昭和五七年二月二五日付けで被告に対し、本件申請をした。

(四) 被告は、同年三月二日に本件申請を受理し、以後三回にわたる審理と一回の現地調査並びに起業者及び土地所有者から受理した四通の意見書をもとに、同年九月一六日付けで本件裁決をした。

2  本件裁決の適法性について

(一) 本件事業認定の適法性

(1) 事業認定の違法事由を裁決取消の違法事由として主張することの可否について

(イ) 原告は、本件事業認定が違法であることを理由に、本件裁決の違法を主張しているが、これは、先行する行政行為に瑕疵があることを後行行為の取消事由とし、違法性の承継を主張するものである。

(ロ) しかしながら、本件事業認定と本件裁決とは別個の処分であって、それぞれに対して別個の不服申立てが可能であるから、違法性の承継を認めなければ、国民の権利利益の救済の観点からみて不合理な事態を招来するとはいえない。そして、逆にこれを認めることは、行政行為に公定力が認められていること、行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)が取消訴訟について出訴期間を定めていることと矛盾するうえ、先行行為と後行行為とが同時に取消訴訟の対象とされるときに生ずる判断の矛盾又は抵触の可能性も否定できない。

(ハ) 更に、法上事業認定の手続と収用裁決の手続とは分離され、それぞれ別の行政機関に処理させるという構成がとられており、事業認定は建設大臣又は都道府県知事が(法一七条)、収用裁決は都道府県の収用委員会が(法四七条の二)行うものとされている。そして、事業の公益性や、事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであるかどうかの判断は、事業認定機関がこれを行うものとされており(法二〇条)、収用委員会は、事業認定が存在すれば、それを前提として審理、裁決をしなければならず、先行処分である事業認定について判断することはできないものとされているから、原告の右主張は、被告の審査権限が及ばない事実認定の違法を主張するものであり、裁決取消訴訟においては請求原因として主張できないものである。

(ニ) よって、本件事業認定の違法を理由に本件裁決の違法を主張する原告の請求原因第3項(一)の主張は、主張自体失当である。

(2) 仮に、右(1)の主張が認められないとしても、次のとおり、本件事業認定には何らの違法はない。

(イ) 請求原因第3項(一)の(1)の(イ)の主張について

① 本件起業地は、次の理由によって決定されたものであるから、その立地は適正である。

本件起業地と東側土地とを比較した場合、本件起業地の方が利用者のためのバスの便において、はるかに優れている。

東側土地は、形状が不整形で病院施設の配置上適さず、かつ、必要とする面積が確保できない。

東側土地は主として農地であるが、周辺には建造物があり、優良な住宅を買収する必要がある。

東側土地に病院を建設するとすれば、病院の正面は東向きとせざるを得ないが、そうすると、都市計画公園である昆陽池公園の正面進入路に面することとなり、病院関係の救急車等と一般車両とが交錯して好ましくない。

② 本件土地及びその周囲の土地は、本件病院内の車両進入路の北側に位置し、病院本館の建築用地ではないものの、受水槽ポンプ室、医療ガス機械室及び雨水ピットの各施設が建設されることとなっているが、これらの施設は病院に必要欠くべからざる施設であり、しかも、その建設位置は、本件病院本館との配管、配線等の関係で最も適したものである。更に、これらの施設の規模からみて単に北側区画の一部分だけではこれらの施設を設置することは不可能であり、その全部の土地が必要である。

③ よって、本件事業認定が公共の利益に対する判断を誤ったものであるとの原告の主張は、理由がない。

(ロ) 請求原因第3項(一)の(1)の(ロ)の主張について

① 原告の右主張は、原告が法一八条二項四号及び二一条一項所定の法四条に規定する土地の管理者に該当することを前提とするものである。

② しかしながら、法四条に規定する土地の管理者とは、土地を収用し、又は使用することができる公益事業の用に供している土地等についての公益事業の面よりする管理者を指すものであるところ、本件土地は、本件裁決前においては右公益事業の用に供している土地ではない。

③ よって、原告は、右土地の管理者ではない。

(ハ) 請求原因第3項(一)の(1)の(ハ)の主張について

法二四条二項に基づく伊丹市長の公告は、昭和五六年一月二七日付けで行われ、合わせて、同日から同年二月一〇日までの間、本件申請書及びその添附書類の写しの縦覧も行われているから、原告の主張するような事実は存しない。

(ニ) 請求原因第3項(一)の(1)の(ニ)の主張について

① 法上、事業認定等の通知を土地所有者及び関係人に対して個別にしなければならない旨を起業者に義務付けた規定は存在しないうえ、本件では、法二八条の二、同法施行規則一三条一項二号により、本件起業地において、周知の措置としての掲示がされている。

② また、そもそも法二八条の二による周知措置義務を怠ったとしても、事業認定や裁決の効力には何らの影響を及ぼさないものである。

③ よって、原告の前記主張は、いずれにしても、理由がない。

(ホ) 請求原因第3項(一)の(1)の(ホ)の主張について

本件事業に関して法一五条の二に基づくあっ旋の申請はされていないから、原告の右主張は、その前提を欠くものである。

(3) よって、本件事業認定には、何らの違法も存しない。

(二) 本件裁決の適法性

(1) 請求原因第3項(二)の(1)の主張について

(イ) 法六五条一項所定の各処分は、「法六三条三項の申立てが相当であると認めるとき、又は審理若しくは調査のために必要があると認めるとき」になされるが、本件においては、法六三条三項の申立ては存在しなかった。

(ロ) また、審理若しくは調査のため必要があるとしてなされる処分は、収用委員会がその処分を必要と認めた場合に行うべきもので、これらの処分をすべきことが収用委員会に当然に義務付けられているわけではなく、処分を行わなかったことは裁決取消訴訟において違法事由とはなり得ないものである。更に、本件においては、起業者及び原告が共に三回の審理全部に出席して意見を述べたほか、意見書も提出しているのであるから、同条一号に掲げる処分を行う必要はなく、同条二号に掲げる処分については、不動産鑑定士の鑑定を行い、同条三号に掲げる処分については、昭和五七年五月二七日原告立会いのもとで行っている。

(ハ) よって、原告の右主張は、いずれにしても理由がない。

(2) 請求原因第3項(二)の(2)ないし(4)の各主張について

これらの主張は、被告が本件裁決において決定した損失の補償を不服とするものであるが、これらは、法一三三条による損失補償に関する訴えにおいて主張されるべきものであって、本件裁決の取消訴訟における違法事由とはなり得ない。

(三) 本件裁決の違憲の主張に対して

(1) 請求原因第3項(三)の(1)の主張について

前述した本件裁決の違法に関する原告の主張は、いずれも理由がないから、本件裁決には憲法三一条に反する点はない。また、本件裁決が憲法二九条三項に反するとの原告の主張は、結局、本件裁決による損失の補償を不服とするものと解されるが、これが本件裁決の取消訴訟における違法事由とはなり得ないことは、前述のとおりである。

(2) 請求原因第3項(三)の(2)の主張について

収用委員会が裁決をするに当たっては、起業者が任意買収した事例の買収条件等に拘束されることはなく、裁決申請の内容及び当事者の主張等に基づいて適正に判断を行うものであるから、原告の右主張は、その前提を欠く。

また、原告が主張する不利益とは、損失の補償に関するものであるところ、これが本件裁決の取消訴訟における違法事由とはなり得ないことは、前述のとおりである。

(3) よって、本件裁決には、原告の主張するような違憲の点は存しない。

3  以上のとおりであるから、本件裁決の違法又は違憲をいう原告の本訴請求は、理由がない。

六  被告の主張に対する認否

1  被告の主張第1項について

(一) 同項(一)及び(二)の各事実は否認する。

(二) 同項(三)のうち、本件事業認定の告示及び本件申請のされたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同項(四)のうち、被告が本件裁決をしたことは認め、その余の事実は否認する。

2  被告の主張第2項は争う。

3  被告の主張第3項の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項(原告について)及び第2項(本件裁決の存在)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件訴えのうち、本件明渡裁決の取消しを求める部分について

1  明渡裁決があったときは、当該土地又は当該土地にある物件を占有している者は、明渡裁決において定められた明渡しの期限までに、起業者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない義務を負う(法一〇二条)から、当該土地又は同土地上の物件の所有者又は占有者は、当然右裁決の取消しを求める訴えの利益を有するものと解される。しかし、法は収用又は使用の裁決を権利取得裁決と明渡裁決とに分離している(法四七条の二第二項)ので、明渡裁決は起業者に目的物の現実的支配を得させる効果を有するものであって、同裁決により当該土地の所有者又は占有者が負う義務の内容は、土地の現実的支配を移転するための事実行為を行うことのみであると解されるから、これらの事実行為が行われ明渡しが完了した場合は、同裁決は既にその目的を達しており、もはや右所有者等が同裁決により何らかの義務を負い、これを強制されるという関係はなく、右所有者等が右明渡しについての原状回復を求めるためには、権利取得裁決を争い、その取消しを求めれば足りるから、明渡が完了した以上、明渡裁決の取消しを求める訴えの利益は消滅するものと解するのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみるのに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件裁決は、別表記載のとおり、損失補償金を四一二四万〇一〇〇円、本件土地の明渡しの期限を昭和五七年一〇月三〇日とした(この点は、当事者間に争いがない。)。

(二)  そこで、市は、原告に対し、右裁決所定の損失補償金を提供したが、原告が右受領を拒否したので、同年九月二四日付けで右金額を神戸地方法務局伊丹支局に供託した(同支局同年度金第八五四号)。

(三)  しかし、原告がその後も本件土地の明渡しをしなかったので、市は、原告に対し、右明渡し並びに本件土地上に存在する木造平家建小波鉄板葺物置一棟(九・九三平方メートル)並びにスモモ、柿、ミカン等の果樹及びモクレン、モミジ、ツツジ等の庭木(以下、「本件物件」という。)の移転を同年一〇月二二日付け催告書などによって請求したが、原告は、明渡期限の同月三〇日までに明渡しをしなかった。

(四)  そこで、市は、同年一一月一日付けで法一〇二条の二第二項に基づいて本件土地の市への引渡し及び本件物件の移転の各代執行請求を兵庫県知事に対して行い、同知事は、同月二二日付け兵庫県命令第三六号をもって、行政代執行法三条一項に基づく戒告をしたのち、同年一二月一日付け同命令第四八号をもって法一〇二条の二第二項、行政代執行法二条に基づく代執行令書を発令した。そして、これに基づく本件土地の市への引渡し及び本件物件の移転についての代執行は同月三日に行われ、その日のうちに完了した。

3  右認定事実によれば、本件明渡裁決に基づく原告の明渡し義務は、右代執行によって代替的に履行され、明渡しが完了したことが認められるから、本件訴えのうち、同裁決の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠くものとして、不適法である。

三  本件収用裁決の適否について

1  本件事業認定の違法の主張について

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件病院は、昭和三二年九月に病床数一〇〇、診療科六科(内科、小児科、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科及び放射線科)で開設され、市民の健康保持のため診療活動を行ってきたが、その後の人口増加及び市民の医療需要に応えるため数次にわたる増改築が行われ、現在の施設(昭和四一年に改築されたもの)の内容は病床数三一三、診療科一〇科(前記六科に眼科、皮膚泌尿器科、歯科及び整形外科を加えたもの)で、総合病院として地域医療の中核病院としての機能を担っている。

ところで、阪神都市圏にある都市として市の人口は、急増し、昭和四一年当時一二万六八二〇人であったのが、昭和五五年では一七万七九四四人となり、更に、昭和六五年には一九万人に達するものと予想されている。これに加えて医療保険制度の改善や福祉医療制度の充実と人口の老齢化に伴う有病率の増加により、医療需要は益々増加している。ところが、本件病院は、一部施設の老朽化と全体的な施設の狭隘のため、病床の不足、外来待合の混雑を来たし、更に、最近の医学の進歩、医療機器の開発による高度医療や診療機能の向上に対応することが困難となるに至った。

そこで市としては、医療水準及び医療供給の両面から市民の医療需要に適切に対応していく必要があるところ、更に、市域には他に県立病院などの公的医療機関がなく、前述のとおり、本件病院が市内の基幹病院として位置付けされていることなどから、同病院を早急に質量ともに拡充整備する必要に迫られるに至った。

(2) 本件事業計画は、以上のような状況下において、伊丹市昆陽字宮ノ後及び字林ノ口地内に二万六六七九・七九平方メートルの用地を確保して、市民の高度な医療需要に応えるため、本件病院及び看護婦宿舎を建設して医療体制の整備充実を図ろうとするものであり、その施設の概要は、外来部門、中央診療部門、管理部門及び病室からなる病棟・診療棟(鉄筋(一部鉄骨鉄筋)コンクリート造六階建、延二万二〇〇〇平方メートル余)、集団検診場及び栄養指導室等からなる予防・検診棟(鉄筋コンクリート造地下一階地上二階建、延一五〇〇平方メートル余)並びに看護婦宿舎であり、病床数四〇五、診療科は一五科(内科、消化器科、神経内科、小児科、外科、脳神経外科、整形外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科、泌尿器科、放射線科、歯科及び麻酔科)である。そして、本件事業は、国庫負担金、市債及び一般財源を財源として昭和五四年八月二四日から着工された。

(3) なお、本件病院の従前の敷地は一万九七六五平方メートルあったが、同敷地一杯に低層(一階又は二階)の建物が展開しているために、建物の配置のうえからも、また、病院機能の面からも容易に増築できない状況にあった。更に、現地での改築についても、前述した現在の建物の配置状況からみて、改築工事に当たっては本件病院の通常の診療活動の半分以上を長期間(二年程度が見込まれる。)中止せざるを得ないので、その間市民の医療確保に重大な支障を来たすことが予想されるうえ、診療活動を続けながら改築を行うことは、工事の振動、騒音等で入院及び外来患者の診療、静養に支障を来たし、建築技術的にも困難で、工期は長くなり、工事費も割高になることから、困難な状況であった。また、現在地をそのままにして周辺部へ敷地を拡張することも、既に病院の周辺部が整備された住宅地で囲まれているので、買収、移転を要する物件が多く、困難であった。

そこで、市は、本件病院を別の場所に新築することとしたが、用地の選定に際しては、(イ)位置的に市の中心部であること、(ロ)病院利用者のため市内各方面からの交通の便が確保できること、(ハ)他の医療機関との関係が十分配慮された位置であること、(ニ)必要な面積が確保できることなどの条件を考慮した。そして、その結果、本件起業地を選定した。

(4) 本件起業地は、市のほぼ中心部に位置し、国道一七一号線及び県道米谷・昆陽・尼崎線に面し、市営及び民営のバスの便が確保できる。また、本件起業地の現況は主として農地であるが、周辺は市の福祉地区として総合福祉センターを始めとして、養護老人ホーム及び特別養護老人ホーム等が隣接し、これらの施設との連係も図ることができる。更に、地元医師会との話合いも順調に運んだ。

(5) 本件起業地内には原告を始めとして、合計二二名の権利者がいた。そして、市は、昭和五四年度から用地買収に着手し、これら権利者との間で任意買収の交渉をしたが、最終的には、原告ほか一名の土地所有者につき、任意買収が困難となった。

そこで、市は法に基づいてこれらの土地を取得するため、兵庫県知事に対して本件事業認定の申請を行い、同知事は、これに伴い、昭和五六年一月二〇日付けで法二四条一項に基づき、同申請書及びその添附書類の写しを伊丹市長に送付し、これを受けた同市長は、同条二項に基づいて起業者の名称、事業の種類及び起業地を公告し(同月二七日付け伊丹市告示第九号)、同日から二週間右書類を伊丹市千僧一丁目一番地所在伊丹市病院・文化施設建設推進班において公衆の縦覧に供した。そして、兵庫県知事は、同年三月一〇日付けで本件事業認定を行い、同日その告示をした(兵庫県告示第五四五号)。

その後、起業者である市は、同年一〇月六日付けで法二八条の二、法施行規則一三条一項二号により、同規則一三条一項一号所定の書面を配布する場所(前記伊丹市病院・文化施設建設推進班)及び同規則一三条の二各号に掲げる事項の内容を本件起業地に掲示した。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲他の証拠に照らし信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原告の主張に対する判断

(1) 公共性の有無について

(イ) 前記(一)で認定した事実によれば、本件起業地を本件病院の用地として使用することは、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものということができる。

(ロ) ところで、原告は、本件病院は東側土地に建設される方が病院として適正な配置となるから、本件起業地を本件事業の用に供することは、土地の利用上適正かつ合理的であるとはいえず、公共の利益にもならない旨主張する。

しかしながら、他にも適当な土地が存在するというだけで直ちに事業認定が違法となるものではないと解すべきところ、《証拠省略》を総合すれば以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 東側土地は、市道に面した部分に優良な住宅が存在し、これらを買収しない限り、不整形な形状の細長い土地となって、面積も本件起業地よりも少く、病院施設の適正な配置が困難であるが、このような優良な住宅地の買収は困難であるうえ、土地利用上も適正かつ合理的とはいえない。

② 本件起業地に面する国道一七一号線及び県道米谷・昆陽・尼崎線を通る市営及び民営のバスの便の合計は、一日当たり二八二本である。

これに対し、東側土地は、その東側を通る市道と国道一七一号線とに接しているが、右市道を通るバスの便は一日当たり四六本前後であり、国道一七一号線を通るバスの便を合計しても、本件起業地へのバスの便と比べ、はるかに少なくなる。

よって、これらの諸事情を合わせ考えると、本件起業地の方が東側土地よりも本件病院の設置に適した土地であるということができるから、原告の前記主張は理由がない。

(ハ) 更に、原告は、仮に本件病院を本件起業地上に建設することが妥当であるとしても、少なくとも、本件土地を含む北側区画の約半分は、何らの用にも供されない不要不急の土地であるから、本件土地を本件事業の用に供することは、なお、土地の利用上適正かつ合理的であるとはいえない旨主張する。

しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 本件事業計画においては、北側区画に受水槽ポンプ室及び医療ガス機械室が建設されることになっているところ、本件土地は、同区画の中央部を占めている。

② この受水槽ポンプ室は、本件病院で使用する水を水道から受け入れる受水槽及び受水した水を病院施設の屋上にある降下水槽まで運び上げるポンプを収納するものであり、医療ガス機械室は、病院で使用される各種の治療用ガス及び圧搾空気等を集中的に配備し、ここから常時必要に応じて各種ガス等を病室又は手術室に供給するというものであり、いずれも近代的設備を有する病院には不可欠の施設である。

③ これらの施設、とりわけ医療ガス機械室については、安全面から、病院の建物からある程度の距離を保つ必要があるが、他方、建設の際の配線、配管の便宜からは、病院の建物からさほど遠くない場所に設置されることが望ましく、更に、医療ガス機械室については、医療用のガスを補給するために外部から直接自動車が進入できる場所であることが要求されるところ、北側区画は、本件病院の本館予定地とは、駐車場用地及び通用門からの進入路を距てて隣接している。

④ そして、前述したような北側区画内における本件土地の位置から考えると、これらの施設を本件土地を除外した同区画内の土地に建設することは不可能である。

以上認定の事実によれば、本件土地を本件事業の用に供することは、土地の利用上適正かつ合理的であるということができるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

(ニ) 以上のとおり、本件土地を本件事業の用に供することは土地の利用上適正かつ合理的であり、また、前記(一)で認定した事実によれば、本件事業が公共性を有することは明らかであるから、これが欠けることを理由に本件事業認定の違法をいう原告の主張は理由がない。

(2) 本件事業認定に対する意見を求めなかった違法があるとの主張について

(イ) 市が本件事業認定の申請の際に原告の意見書を添付していないこと及び兵庫県知事が本件事業認定を行うにつき、原告の意見を求めなかったことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(ロ) ところで、右事実を違法とする原告の主張は、原告が法一八条二項四号及び二一条一項所定の法四条に規定する土地の管理者に該当することを前提とするものであり、この点につき、原告は、市の行う都市計画事業の用に供された土地の代替地として市から提供された本件土地を所有し、右所有権に基づいてこれを管理しているのであるから、右土地の管理者に該当する旨主張している。

(ハ) しかしながら、法四条は、現に公益事業の用に供している土地等を更に別の公益事業のために収用し、又は使用する必要が生じた場合に、どのように措置すべきであるかを規定し、この場合には、特別の必要があるときに限って前者の土地を後者の事業のために収用し、又は使用することができるとして、他方において、事情の許す限りは、現に供用されている公益の目的を尊重することとしたものである。そして、法一八条二項四号及び二一条一項の規定は、事業認定権者において右の特別の必要の有無を判断するための資料の収集を容易ならしめるための規定であると解される。

そうすると、法一八条二項四号及び二一条一項所定の法四条に規定する土地の管理者とは、土地を収用し、又は使用することができる公益事業の用に供している土地を公益事業の面から管理している管理者を指すものと解するのが相当である。

(ニ) そこで、これを本件についてみるのに、本件全証拠によっても本件事業認定の申請時において、本件土地が土地を収用し、又は使用することのできる公益事業の用に供されていたことを認めるに足りる証拠はない。

(ホ) よって、原告は法一八条二項四号及び二一条一項にいう土地の管理者に該当しないから、原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(3) 法二四条二項所定の公告、縦覧の手続を行わなかった違法があるとの主張について

原告は、本件において伊丹市長が法二四条二項に基づく公告及び書類の縦覧を行っていない違法がある旨主張する。

しかしながら、これらの公告及び縦覧の手続が行われたことは前記認定のとおりであるから、原告の右主張は、その主張の前提を欠き、理由がない。

(4) 周知措置を講じていないとの主張について

また、原告は、本件において市が法二八条の二所定の周知措置を講じていない違法がある旨主張する。

しかしながら、本件において、法二八条の二、同法施行規則一三条一項二号に基づく掲示が行われたことは前記認定のとおりである。そして、このような周知措置として、起業地内の土地所有者等に個別に通知をしなければならないとする規定は存在しないから、原告に対して個別に通知しなかったことのゆえに事業認定が違法となるものではなく、更に、法は、右周知措置を怠った場合の制裁については、何らの規定を設けておらず、右周知措置の懈怠は事業認定の効力に影響を及ぼすものではないと解されるので、仮に、前記周知措置が十分なものでなかったとしても、そのために本件事業認定が違法になるものではない。

よって、原告の右主張も理由がない。

(5) あっ旋手続の違法の主張について

(イ) 更に、原告は、本件事業におけるあっ旋委員のあっ旋手続が違法である旨主張する。

(ロ) しかしながら、《証拠省略》によれば、本件事業においては、原告を含むいかなる関係当事者からも法一五条の二に基づくあっ旋申請が行われていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件事業においてはそもそも法一五条の二以下に規定するあっ旋手続は存在しなかったものであるから、原告の右主張は、その前提となる事実を欠くものとして、理由がない。

(ハ) 仮に、原告の右主張が任意買収段階における市の代替地のあっ旋手続の違法を主張するものであるとしても、《証拠省略》によれば次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 原告は、市による本件土地の任意買収の交渉において金銭による補償を拒否し、代替地の提供を要求した。

② そこで、市は、宅地をあっ旋することとし、合計三か所の代替地をあっ旋した。

③ しかしながら、このうち二か所については、売買価格が折り合わず、また、当該土地が公道に面していないという理由で原告においてこれを断り、一か所については原告の方で取得を希望したものの、土地所有者の承諾を得ることができず、結局、市によるあっ旋は不調に終わった。

右事実によれば、市が任意買収の段階で行った代替地のあっ旋には何ら違法な点は存しない(任意買収の段階において、起業者が第三者の所有する土地について売買のあっ旋をすることを禁じた法令は存在しないし、仮に、こうしたあっ旋が不調に終わったとしても、これによってあっ旋手続が違法になるものではないことはいうまでもない。)し、また、そもそも右あっ旋手続において、仮に違法のかどがあったとしても、そのことのゆえをもってその後の収用申請手続等が違法となるものではない。

(ニ)よって、あっ旋手続の違法をいう原告の前記主張は、いずれにしても理由がない。

(三)  このように、本件事業認定の違法をいう原告の前記各主張はいずれも理由がなく、また、前記認定事実によれば、本件事業認定は適法に行われたものということができる。

よって、本件事業認定の違法を理由に本件裁決の違法をいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  本件収用裁決の違法の主張について

(一)  法六五条一項所定の各処分を行わなかった違法について

(1) 原告は、本件収用裁決には、同裁決をするにつき、被告が法六五条一項所定の各処分を行わなかった違法がある旨主張する。

(2) しかしながら、法六五条一項所定の各処分は、収用委員会が法六三条三項の規定による申立が相当であると認めるとき、又は審理若しくは調査のために必要があると認める場合に行うものであるところ、《証拠省略》によれば、本件申請による被告の審理では、原告を含むいかなる関係当事者からも法六三条三項の規定による申立がされなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。また、収用委員会自らが行う場合についても、いかなる場合に右処分を行うかは、収用委員会が審理の状況等を勘案し、適正な裁決を行うために必要かどうかを検討したうえで決せられるものであるから、その決定は収用委員会の裁量に委ねられているものと解すべきであり、右処分が行われなかったことが直ちに裁決の違法を導くものではない。

(3) 更に、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(イ) 本件申請にかかる審理は合計三回行われたが、市及び原告は、右の全審理に出席してそれぞれ意見を述べ、更に、原告については、意見書を提出している。

(ロ) 被告は、昭和五七年五月二七日に原告立会いのもとで本件土地に赴き、土地の状況を調査している。

(ハ) また、被告は、不動産鑑定士に本件土地の鑑定評価を行わせている。

右認定の(イ)の事実によれば、被告が法六五条一項一号所定の処分を行う必要はなく、また、同(ハ)及び(ロ)の各事実によれば、被告がそれぞれ同項二号及び三号所定の各処分を行ったことが認められる。

(4) よって、原告の前記主張は、いずれにしても理由がない。

(二)  請求原因第3項(二)の(2)ないし(4)の各主張について

(1) 原告は、本件土地に対する補償が低額であったこと、法八二条所定の替地補償を行わなかったこと及び法八八条所定の通常受ける損失の補償を行わなかったことを理由に本件裁決は違法である旨主張する。

(2) ところで、原告の右主張は、要するに本件裁決において被告が決定した損失の補償を不服とするものであるが、法は、こうした損失補償に関する争いについては、その窮極の目的が当事者間における適正な補償額を確定することにあることにかんがみ、収用委員会を被告とせず、財産的利害に関係のある被収用者と起業者が当事者となるべき旨規定し、当事者訴訟の形態をとらせているのである(法一三三条二項)。

従って、原告の前記各主張は、起業者に対する訴えによって争うべきものであって、被告に対する本件訴訟において、本件裁決の取消しを求める理由とすることはできないものというべきである。

(3) 以上のとおりであるから、原告の前記各主張は、主張自体失当である。

3  本件収用裁決の違憲の主張について

(一)  憲法三一条、二九条三項に違反するとの主張について

(1) 原告は、本件収用裁決は、その手続において前述した違法が存するから憲法三一条に違反し、また、正当な補償を行っていないという点において憲法二九条三項にも違反する旨主張する。

(2) しかしながら、原告が本件収用裁決についてるる述べた違法について、これらがいずれも理由がないことは前述のとおりであるから、本件収用裁決には何ら憲法三一条に違反する点はない。更に、本件裁決が憲法二九条三項に反するとの主張は、同裁決において被告が決定した損失の補償を不服とするものであるところ、これが本件収用裁決の取消事由として主張できないことは前述のとおりである。

(3) よって、原告の前記各主張は、いずれも理由がない。

(二)  憲法一四条一項に反するとの主張について

(1) また、原告は、本件収用裁決は、市の行う他の公共事業における任意買収事例に比べ、特に原告を損失補償額の決定に際して不利益に扱ったものであるから、憲法一四条に反する旨主張する。

(2) しかしながら、右の主張は、結局、本件収用裁決において被告が決定した損失の補償を不服とするものであるところ、これが同裁決の取消事由として主張できないことは前述のとおりである。

(3) また、仮に、原告の右主張が損失の補償以外の不利益取扱いによる違憲をいうものであったとしても、収用委員会は、裁決を行うに際し、起業者が任意買収した事例の買収条件等に拘束されることはなく、裁決申請された内容及び当事者の主張等を検討したうえで判断を行うものである。そして、本件全証拠によっても、本件申請に際し、被告が市による任意買収事例の買収条件を基準としたうえで、原告に対してことさら不利益な判断をしたことを認めるに足りる証拠はない。

(4) よって、原告の前記主張は、いずれにしても理由がない。

4  このように、本件収用裁決には原告の主張するような違法又は違憲のかどはない。そして、本件全証拠によっても、同裁決につき他に違法又は違憲の事由を認めることはできない。

よって、本件収用裁決は適法であるから、原告の本件訴えのうち、本件収用裁決の取消しを求める部分は、理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告の本件訴えのうち、本件明渡裁決の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、本件収用裁決の取消しを求める部分の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上博巳 裁判官 笠井昇 田中敦)

〈以下省略〉

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